mainichiwayang’s diary

ジャワでダランとガムラン修行中の大学院生です:)

デウォルチ

デウォルチとは、ジャワのワヤンの中で、わたしがいちばん好きな物語です。
これは、主人公のブロトセノが、「完全なる教え」を得るために旅をするお話。その途中、さまざまな困難に遭いながらも、海の中で自分とそっくりな小さな神様デウォルチと出会い、ブロトセノは一層逞しく成長します。

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主人公ブロトセノ


数年前、何もかもが全部嫌になった時、わたしを助けてくれたのは、デウォルチでした。その時の話は、長くなりすぎるので詳細はここでは割愛するけれど、初めてデウォルチのことを知ってからというもの、折にふれて私の人生にちょくちょくデウォルチが登場するようになりました。これは、人とデウォルチの話をしたり、または、デウォルチの上演を観たり、時には上演に参加したりするという意味です。だから、デウォルチにはすごく縁があると思っています。

というわけで、自分でも「デウォルチを上演できるようになる」というのが留学中の一つの目標でした。先生や友人に助けてもらい、10月17、18日に私がダランで、デウォルチの練習、録画をしました。2時間半、ノンストップでワヤンができるようになりました。(やったー!)

先生にお願いして、短めの台本を作っていただき、今年の2月の終わりくらいから少しずつ練習を始めました。ところが、程なくしてコロナがやってきてしまい、3月なかばから6月まではレッスンに行くこともできず、結局本格的に練習を始められたのは7月に入ってからでした。7月以降は、レッスン以外の日にも時間を見つけて先生の家に行き、個人練をさせてもらうこともありました。

人形操作や、場面ごとの接続をなかなか覚えられず、先生にめちゃめちゃ怒られることも多々あり、練習のプロセスはとてもキツかったというのが正直な感想です。先生、最近厳しいんです… レッスンで初めてデウォルチが出てきた日も、もちろん感慨深かったけれど、大変すぎてヘロヘロになっていたので、感慨深さよりも、ああ早く帰りたいという気持ちが勝るほどでした。録音の前の最終レッスンは、夕方から夜の21:00までで、過去最長記録を更新しました。これは、先生にとってわたしは、もうお客さん状態ではないということだから、いいことなのだけれども。

わたし自身は先生に対して、いつもうまくいかなくてごめんなさいと思っていることが多いので、録音の前の日、帰り際に

saya senang kamu belajar serius.
(先生は君が真剣に勉強してくれるのがうれしいんだよ。)

とに言われたことがたまらなく嬉しかったです。先生には出来の悪い生徒だと思われているかもしれないと思っていたので。とりあえず真剣なことだけは伝わっているみたいでよかった。

 

録画の前日に、まず、学生さんたち5人にガムランを演奏してもらい、半日一緒に練習したのですが、先生が何気なく

「まずはタルTalu(前奏曲)からね。」

とおっしゃったので、みんなが短いタルを演奏してくれました。

緊張しいなので、練習の日の時点で大分ナーバスになっていたのですが、まさかのタルの登場で気持ちがだいぶ上を向きました。タルはわたしの世界でいちばん好きな曲だから。ダラン席でこうやってタルを聴くのなんて、考えてみたらなかなかできないことだ…

 

練習の日は、最初から最後まで、途中止めつつ通し練習をしました。

伴奏をしてくれた学生さんが、太鼓を力いっぱい叩いてくれて頼もしかったです。グンデルのグリミンガンも、色々なパターンを弾いていて、興味深かったなあ。

 

タルでテンションが上がったのも束の間、ちょっと間違えると

「ちがーう!!!!」

と後ろから先生の訂正が入りやり直し。(きゃーごめんなさい)

楽隊との練習は、普段とは響きが違ったこともあり、合図を出すのにも戸惑ったりしました。

人形を動かしながら曲を聞いているつもりでも、いざ合図を出す段になると、今曲のどの部分なのか、つまり現在地を把握するのに思ったより時間がかかってしまい、間延びしてしまうことも。楽隊に引っ張ってもらってしまったところもあり、合図を出すところを頭では理解していても、まだまだ思った通りににはいかないものだなと、少し落ち込みました。

 

録画の当日は、最初しばらく、箱に吊り下げられたクプラ(金属片)を蹴るために組んでいた右足が、緊張しすぎてガクガク震えているのがわかって、それで余計に緊張していまいました。こんなところが震えるとは思わなんだ。

 

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撮影した時の写真。いちばん最初のシーン。このあたりが緊張のピーク。

前日は結構な頻度で途中先生のコメントが入り、もしかしたら録画も途中で止めたりするのかもと思ったりしていたのですが、前日とは打って変わり、始まってしまったあとは、先生はわたしに任せてくれているということが空気でわかりました。同時に

ああ、そうだ、ダランはわたし一人なんだ

ということを悟りました。

 

ミスをした部分もたくさんあったけれど、録画中、先生は決して止めませんでした。

 

途中、なんと言っても脚が痛くなったのが大変でした。考えてみたら、いつもは先生のコメントが入ったりするので、ノンストップで通し練習をしたことはなく、あの姿勢で座り続けたらどうなるかというのは未知の領域でした。結果、ふくらはぎと足とかではなく、太腿の付け根とか骨盤というか腰のあたりが痛くなってびっくりでした。ここにくるのか、という感じだった。

だからと言って止めるわけにもいかないので、後半は必死でした。前みたいに足が痺れてクプラを叩けなくなるということはなくなったけれど、太腿の付け根が痛すぎて、終わってからは1日はまともに歩けませんでした。こんなになるとは思っていなかったので、かなり驚きました。一晩の上演をした後も、いたって普通に見えるジャワのダランたちは、やはりすごいんだなと。足腰ももっと鍛えなくては。わたしはまだまだ修行が足りないようです。

 

マニュロになって、パンドウォの人々が、危険を犯して海へ行こうとするブロトセノを止めようとするシーンに差しかかったところで

 

ああやっとわたしもデウォルチができるようになったのか

 

と喜びが込み上げてきました。ちょっと泣きそうだった。そういえば、この数ヶ月、必死すぎて喜びを噛みしめる隙もなかったかもしれない。

(と言っても、その後すぐにブロトセノが海に飛び込んで蛇と戦う激しいシーンがきてしまうので、本当に束の間だったけれど。)

 

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パンドウォの人々とブロトセノ

 

ブロトセノがデウォルチに出会ったように、わたしもいつか、会えるだろうか、自分の中の本当の自分に。

 

途中小さい事故がありつつも、トータルで2時間半、なんとか最後まで通りました。今までは最長で1時間くらいの演目しかやったことがなかったので、2時間半もワヤンできるようになったなんて、自分でも少し驚きました。

 

終わってすぐ、先生が一言

 

bagus (よい)

 

と言ったあと、bagusとは言いつつも、最初から順に間違えていたところの解説をしてくださり、講評タイムが始まりまりました。これに甘んじず、ここで覚えたことを決して忘れないように、練習しなさい、まだまだ改善の余地ありとのコメントをいただきました。

 

やっぱりそうだよな…まだまだまだです。自分の成長を感じつつも、一方では、練習の時の方が上手くいっていた箇所もあったりしたので、悔しさが残る部分もたくさんあります。初めは、今回の録音で一区切りかなと思っていたけれど、ここからが頑張りどころなんですよね。幸い、もう少しここにいられるから、日本のみなさんとデウォルチを練習できるその時まで、まだまだ頑張らなければだ。

 

ひとまず、デウォルチが上演できるようになったということを報告することは、一つの夢だったので、この記事を書けて本当に嬉しいです。デウォルチとわたしの物語はこれからも続いていくと思うけれど、これからもデウォルチがよい方向にわたしを導いてくれますように。

また書きます。 matur nuwun :)