mainichiwayang’s diary

ジャワでダランとガムラン修行中の大学院生です:)

ダルマシスワ奨学金の閉会式を迎えて

先週(6/17-19)ソロでダルマシスワ奨学金の閉会式がありました。日本を飛び立ったのがつい昨日のことのような気もするのに、あっという間に10ヶ月経ってしまいました。

f:id:mainichiwayang:20190622200507j:plain

今年の閉会式の会場はソロでした。ISI Soloのプンドポにて。



以前、ダラン科はついていくのが大変だという話や、ついていけずに脱落してしまう人も多いと色々な人から聞いていたので、ダラン科で勉強すると決めたものの、本当は怖くて怖くて仕方がありませんでした。

 

確かにいきなりジャワ語のシャワーは本当に大変で、それだけは自分の準備不足というか、反省すべき点だったと思っています。

それでも、これまで丁寧に本を読んで勉強してきたことや、卒論の時にかなりの数のワヤンを分析しておいたこと、そして何よりガムランの演奏を地道に続けてきた経験が活きて、目の前で何が起きているのかということだけは理解することができ、なんとか授業についていくことができました。反省すべきことは多いけれど、それでも脱落せずに、ジャワの学生と同じsemester 1,2の授業を全部受け切れたことは、自分を褒めてあげてもいいのかなと。

 

もちろん、なんとかここまで来られたのは自分の力だけではなく。ここに来る前のわたしは、まだまだやっぱり圧倒的に男社会であるダランの世界の中で(男だからどうというわけではないけれど、やっぱりなんとなく怖くて)わたしは日本人の女性としてうまく立ち回れるだろうかと、そういう心配もしていました。けれども、いざ飛び込んでみると、先生方も学生さんたちも本当に親切な人ばかりでした。わからないことを尋ねると、いつもわたしがわかるまで、丁寧に教えてくださる方が多く、そのおかげで、色々なことをより深く理解することができ、最後まで授業に出席し続けることができました。

 f:id:mainichiwayang:20190622204230j:image
f:id:mainichiwayang:20190622204235j:image

 

インドネシアでは挨拶する時に握手をするのですが、こちらの人と挨拶するたび、嬉しそうにわたしの手を握り返してくれる方が多く、その笑顔に何度救われたかわかりません。

 

この10ヶ月、名ダランやダラン科の先生方にすぐにお会いできて、色々な話を聞くことができるこの環境、日本にいた頃は、本や映像の中の世界でしかなかったワヤンにまつわる色々な事象を、毎日毎日、目の前で生で目にすることができ、肌で感じることができるこの環境は、本当に素晴らしいものでした。日本にいた頃に生で見たくて見たくて仕方なかったものが、今次々と目の前で起きていることが信じられなくて、嬉しすぎて毎日泣いていた時期もあったくらいです。ダラン科の授業を受け続けることは色々苦労を伴うものではありましたが、それでもダルマシスワ生としての、ダラン科での生活を思う存分楽しめたかなと思っています。

 

ISI Soloに来たダルマシスワの同期生たちは、インドネシア語も、それぞれの学科に配属されたにも関わらず、その専門に関する知識もほぼゼロ(もちろん全員がそうではないですが)という人が多く、わたし自身、最初はとても驚きました。わたしは何年もかけて色々準備してきたから。それでも、物怖じせずにジャワの人に色々なことを尋ねたり、ガムランにワヤンに舞踊にバティックにと色々なことに挑戦する友人が多く、彼らのエネルギーには圧倒されることばかりでした。みんなわたしなんかよりずっとずっとアクティブだったと思う。

 

ダルマシスワ生の間では、英語でコミュニケーションをとることになるのですが、その中で、自分が案外英語を「話せない」ということに気づいたことは、ちょっぴりショックだったけれど、今わかってよかったと思っています。

 

今まで英語を「読む」ことは多かったし、英語は好きだから、それに関しては抵抗はなかったけれど、考えてみれば意識して英語を「話す」機会は本当に少なくて、「あ、わたし、英語を話すことに全然慣れていないな。」と気づいたのです。言葉が出てくるのに他の人より圧倒的に時間がかかる、ああ、まだ世界に出ていくには自分の能力が足りないなと(だから今英語を話すことがすっかりコンプレックスになってしまったのですが)もっと英語も磨かなきゃなと考えているところです。ジャワにきてこんなことを考えるようになるなんて、思ってもみなかったけれど、英語をきちんと「話せる」ようになりたいなと思う最近です。そういう意味でも、ダルマシスワ奨学金を通して世界中に友人ができたことは、良い経験になったと思っています。わたしは日本語でさえ、言葉にするのに時間がかかるのに、その上にjelek (インドネシア語でよくないとか、ひどいという意味)な英語で話すわたしの話をいつも根気よく聴いてくれたダルマシスワ生の友人たちには感謝の気持ちでいっぱいです。

 

そして何より

あなたはワヤンやガムランのことをよくわかっていて素晴らしいわ。」

とか、

「あなたのやるワヤンが好きだから、閉会式でワヤンをやることになったら、ぜひわたしもガムランの伴奏に参加したい!」

 

と友人たちがいつもあたたかい言葉をかけてくれていたことが、いつも本当に嬉しかったし、それらはわたしの修行を頑張るエネルギー源にもなっていました。

 

閉会式では、火曜日の昼間にマンクヌガランのみなさんと(飛び入りのような形で)一緒に演奏をさせていただきまた、その夜にはTeater Besarで、ISI Solo ISI Jogjaのダルマシスワ生でパフォーマンスを行いました。その中で、わたしは7分間だけですが、ダランとしてperang cakil をやりました。

 

f:id:mainichiwayang:20190622200747j:plain

マンクヌガラン王宮にて。実はここの楽器を叩かせていただくのは初めてだったので密かに大喜びしている図。

f:id:mainichiwayang:20190622200644j:plain

後輩が送ってくれたライブストリーミング中のperang cakilの様子

 

パフォーマンスにあたり、舞踊科の先生方や学生さんが中心となり、演出やコーディネイトをしてくださいました。パフォーマンスはガムランの演奏に舞踊にワヤンにと盛りだくさんなものとなりました。5月末から途中レバランの休暇を挟みつつ、毎日のように放課後3,4時間練習を続けてきました。その間授業やレッスン、ルーティーンの練習やワヤン上演なども休みなくあったので、体力的にとてもキツかったし、そんな中で自分のモチベーションを保つのもなかなか大変でした。

 

 

演出の関係でギュッと短く凝縮したperang cakilcakilArjunaの戦い)をやることになり、短い分、人形操作や語り、suluk(歌)をかなり丁寧に練習して臨みました。その甲斐あってから、「うまくなったね!」と色々な方からお褒めの言葉をいただくことができました。当日後ろから歓声が上がったこともとても嬉しかったのですが、あまりにも盛り上がっていたので(なんだか会場中がハイになっていたように思いますびっくりしすぎてしまい、逆に緊張してしまいました

 

f:id:mainichiwayang:20190622200311j:plain

パフォーマンス終わりにみんなで撮った記念写真

Perang cakilはそれ自体がとても技術を要する場面なので、大分練習は続けてきたつもりですが、まだまだ事故が起きることも多いし、その上自分がいつも色々なワヤンを観ていて、すごいダランのperang cakilを知っていることもあり、自分のパフォーマンスはまだまだだと思っているのですが

 

どんなに拙くても、ジャワの人たちが

「すごいね!」

と口々に褒めてくれることや

外国人の友人たちが

「ダランができるなんて、あなたと友だちになれたことを誇りに思うよ!」

と言ってくれることが、なんだか夢のようです。

褒められるとなんだか恥ずかしくて埋まりたくなってしまいまうんです(照)でも多分、もうちょっと胸を張って生きていてもいいのかもしれないなと思ったりもします。だけど、それは今のわたしにはまだまだ難しそうです。

 

 

f:id:mainichiwayang:20190622201009j:plain

本番前、先生方と。

 

f:id:mainichiwayang:20190622201454j:plain

f:id:mainichiwayang:20190622201501j:plain

f:id:mainichiwayang:20190622201506j:plain

f:id:mainichiwayang:20190622201512j:plain

f:id:mainichiwayang:20190622201517j:plain

f:id:mainichiwayang:20190622201524j:plain

 

 

ここにいて、ワヤンやガムランのことを勉強していると、時たまジャワの人から

 

「わたしたちのbudaya(文化)を愛してくれてありがとう。

と言われることがあります。

 

けれどもわたしは常々、ジャワの人たちに対して

こんなわたしをジャワのコミュニティの中に受け入れてくれてありがとう、そしていつもわたしのワヤンやガムランの活動を応援してくださって、ありがとうございます。」

 

と思うのです。

 

 

わたしのジャワでの修行はまだまだ続くのですが、ダルマシスワ生としてはここで一区切り。思い返してみると、本当に良い出会いに恵まれたなぁと思います。るこれまでお世話になった友人やジャワのみなさん、いつも応援してくださっている日本の方に心から感謝の意を表したいと思います。

 

Terima kasih selalu...!!

 

これまで、チャキルと戦い、グンデルを弾きまくり、目の前で起きている興味深い出来事に、ああ修論どうしようかなと考えを巡らせていたら、あっという間に時が過ぎてしまった感があるので、本当に月並みだけれど、限りある時間を大切に、今後も修行を重ねていきたいです。

ローフィットさんとジャワで再会

ハナジョスとして、奥さまのひろみさんと、ワヤンをはじめ、ジャワ芸能の公演活動を日本各地でされているローフィットさんにソロで再会することができました(^^)

 

f:id:mainichiwayang:20190405212958j:image

 

ローフィットさんは今回ソロのとなりのジョクジャカルタに帰省中。昨日、ソロのTBSでのワヤンにを家族と観にいらしたので、そこでお会いすることができました。

 

f:id:mainichiwayang:20190405213019j:imagef:id:mainichiwayang:20190405213034j:image

 


ローフィットさんとは去年のランバンサリ日暮里公演ぶりの再会でした。デウォルチというお話を上演した時です。

 


✳︎ちょっとだけ思い出話しを挟みます…✳︎

 


あの時一緒にデウォルチを作り上げていったことは今でもわたしの心の支えの一つになっています。あの時ローフィットさんのうしろでダラン補佐をさせていただいたこと、普段の練習中もローフィットさんの代わりにsuluk を歌ったり合図を出すために練習をしたこと、あの時勉強したことが今ダラン科での勉強にとても役に立っているからです。

その時のローフィットさんとの思い出の中で、特に印象に残っているのは、わたしやランバンサリの折田さんの人形をキラキラしながら嬉しそうに眺めていたこと、人形をとにかく大切にされている姿、そしていつでも楽しそうにワヤンの話をしてたくださったことでした。ローフィットさんのワヤン愛、すごいなぁと感動したことを強く覚えています。

 


自分が単純にデウォルチが大好きだということもあり、ジャワでの生活を始めてからも、日本がさみしくなるとローフィットさんのデウォルチの録画をよく観ています…笑

 


途中ビモのお父さんの風神バユが

 


「ンンンンンン、いつもお前を見守っている!!!」

 


と息子に言い残して天界に帰っていくシーンがあるのですが、録画を見るたびなんとなく、バユはわたしのジャワ生活も一緒に見守ってくれているだろうと、勝手にそんな気持ちになってしまいます…笑 ローフィットさんのワヤンのキャラクターたちがとても好きです。

 

 

 

なぜわたしがデウォルチにこんなにこだわるのかというと、デウォルチというお話自体にも個人的に深い思い入れがあるからです。(いつかその話はゆっくり別の記事にしようと思っています。)デウォルチは、主人公のビモが生命の水を探す旅の途中で、デウォルチという自分そっくりの小さな神さま、自分の中の本当の自分に出会い、人間的に成長するお話です。

 


すごくざっくり書くと、今わたしがなんとか元気に活動できているのはデウォルチというお話に出会って、その奥深さに感銘を受けたという過去の経験がとても大きいです。それはもう何年も前の話ですが、それからビモだけでなく、わたしの中にもきっとわたしの中の本当の自分、すなわちデウォルチがいるはず、だからわたしも自分のことにとことん向き合って生きよう、デウォルチを探そう…といつも思っているんです。

 


わたしがローフィットさんのデウォルチに会ったのは数年前のせんがわ劇場と、日暮里公演だったのですが、ローフィットさんのデウォルチにはいつも元気をもらっています。だからローフィットさんのデウォルチにまたいつか会える時まで、自分ももっと成長していよう、ジャワでの修行を頑張ろうと思っています。なので、去年の日暮里公演での経験は今でも、ソロで修行中のわたしを突き動かす原動力の一つになっています。

 

 

 

✳︎さて、時間軸を昨日の夜に戻しますと…✳︎

 

ワヤン会場では幕の横に色々な屋台が出たり、ワヤンを売っていたりするのですが、昨日はローフィットさんご家族が到着されてから、まず屋台で一緒にご飯(mie Ayam、鶏肉の麺料理)を食べました。

この屋台自体がすごくおいしいかったのですが…!

ワヤン上演はちょうど最初の戦いの場面(perang gagal )をむかえていました。わたしはいつもは最初から最後までじっと座ってワヤンを観ていることがほとんどなのですが、今回はワヤンをなんとなく聴きながら、久しぶりのローフィットさんとの再会を喜びつつ、おいしいmie を食べる!なんて贅沢で幸せな時間なんだ、幸せ…と思いました(♡)

 

f:id:mainichiwayang:20190405213116j:image



ご飯の後

「さあ、ワヤン観ましょう…!」

とおっしゃったローフィットさんの声からしてすでにワヤン好きのワクワク感が伝わってきて(そこで去年の日暮里公演で人形をキラキラしながら眺めていたローフィットさんを思い出しました…)わたしもとてもワクワクしました。

 


昨日のダランはKi Mudho Wibowoさんでした。わたしの先生によると(わたしの聞き間違いでなければ)この方はKi Matebの1番目の奥さまとの息子さんなのだそうです。父親譲りなのか、このダランも人形さばきが圧巻でした。(Mantebさんも人形操作が神がかっていることで有名なダランです。)ソロ様式とジョクジャ様式、そして時にはスラゲンという地方の音楽を取り入れ、特に冒頭がクラシカルで、わたし個人的にはとても面白かったです。(今日は朝一で授業だったのに一晩観てしまいました…笑)

 

f:id:mainichiwayang:20190405213135j:image
f:id:mainichiwayang:20190405213130j:image


ワヤンを見てすぐに話を理解できるほどのジャワ語はまだ全然身についておらず、いつもなら話の内容についていくのはまだ難しいのですが、ローフィットさんが隣にいらしたので色々と説明していただき、いつもの何倍も楽しむことができました。

 


途中ローフィットさんは、出店のワヤンの人形屋さんに行き、そこにあったいちばんいい人形を購入して、嬉しそうに見せてくださいました。そういえば、昨日ローフィットさんに最初にお会いした時にはすでに、舞台の脇にあるお店で買ってきたガピット(ワヤンの支柱)を握りしめていたっけ…

ああ、ローフィットさん、本当にワヤン好きなんだなぁ、いいなぁと、ローフィットさんの熱さにあらためて感動しました。

 

f:id:mainichiwayang:20190405213146j:image

 

わたしも自分用のチュンポロが欲しかったので、昨日出ていたお店で購入することになったのですが、ローフィットさんの妹さんの旦那さま(この方もダランだそうで)に選ぶのを手伝っていただきました。値段の相場もわからなくて少し不安だったので、とても助かりました。ありがとうございます。ますます練習します。

 

f:id:mainichiwayang:20190405213205j:image
f:id:mainichiwayang:20190405213158j:image


最後に、昨日ローフィットさんの一言で強く印象に残ったことがあります。

 


個人的にすごく面白い上演だなぁと思ったので、ローフィットさんの感触も聞いてみたくて、ローフィットさん的にはどうですかと尋ねた時のことです。

 


「良し悪しは人によると思うし、確かに人形さばきはうまいけど、やりすぎて人形をうしろに投げたりするでしょう…?それはダランとしては良くないと思うね、人形を大切にしていないということだから。」

 

 

 

あー、なるほどー!!!

 

 

 

 


人形操作を派手にインパクトあるものにするために、最近のワヤンでは人形を派手に投げ飛ばしたりする演出がしばしばあります。本当にしょっちゅう見るので、自分の中ではなんとなく当たり前かなと、思ってしまっていたのですが、確かに「人形を大切にしていない」ですよね。

 


(あ、昨日のwibowoさん個人を人形を大切にしていないと批判する気は一切ありません。わたしは、彼のワヤン自体はとても好きです。)

 


「人形を投げ飛ばす」ことは、パフォーマンスを派手にするとか、観客を楽しませるということが行き過ぎてしまった結果生まれた演出だと思います。これはこれで一つの流行としてはアリかもしれません。ですが、「ダランとして人形を、道具を大切にする、敬意を払う」という姿勢を犠牲にしてしまっているということになるかなと、わたしはローフィットさんの言葉で、昨日になって初めて気づくことができました。

 

f:id:mainichiwayang:20190405213405j:image

(飛ばされるスンクニの図)


道具を大切にすることはわたし自身もすごく大切なことだと思っています。そのことにあらためて気づかせてくださったローフィットさんに心から感謝します。

 

 

 

好きなことを目の前にしてキラキラしている人ってまわりにいると思うのですが、日暮里公演や昨日のワヤン会場でのローフィットさんがまさにそうで、こんなに心からワヤンを愛している方と、ソロで一緒にワヤンを観ることができて、わたしもとても幸せな気持ちになりました。

 


今週末は、今度はわたしがジョクジャカルタに行って一緒にワヤンを観ることになっています。ああ、めっちゃ楽しみ…♡

 

 

 

 


最後になりますが、あらためて、ローフィットさんとご家族のみなさま、楽しい時間をありがとうございました!

 

 

 

今度はあまり間を空けすぎずに更新したいです。読んでくださってありがとうございました。また書きます :)

 

バリ島旅行記① ー北部編ー

f:id:mainichiwayang:20190211215628j:plain

少し時間が開いてしまったのですが、先月末にバリ島に旅行に行った時のことを少しずつ書いていきたいと思います。今回は初日にバリ島北部の村に行ったことと、その近くでダランにお話を伺ったことについて書きます。

 

日本ではインドネシアというと、どちらかと言えばわたしのいるジャワよりも、バリの方が有名かもしれません。バリの南部には有名なリゾート地がたくさんあり、旅行したことがある方も多いのではないでしょうか。では、なぜわたしがあえて北部に行ったのか。それは、今回の旅の目的が、学部時代の同級生に会うことだったからです。彼女は、バリ島北部の村のろうのコミュニティについて研究しているそうです。まさかインドネシアで会える日が来るとは思ってもみなかったので、とても感慨深いものがありました。

 

気がつけばジャワにばかり行っていたわたしは、バリを訪れるのは今回が初めてで、初めて降り立ったバリで最初に感じたことは、空の色が違うなということでした。同じ国にいるのに、なんとなくにおいも違うし、街にヒンドゥー寺院や石像がたくさんあるのも、道端でペンジョール(長い棒状のお供えのようなもの)をたくさん見るのも、新鮮で興味深いと感じました。知識としては知っていたけれど、改めて多様性の広がる国なのだということを実感しました。

 

f:id:mainichiwayang:20190211220407j:plain

これはウブドで撮ったもの。道に突然こういう像が現れるのも独特だと思う。

 

 

f:id:mainichiwayang:20190211215455j:plain

ペンジョール

 

デンパサールの空港近くから車で移動すること約3時間。山をだいぶ登った先に、目的地の村はありました。決して便利とは言えないけれど、緑が多くて、どことなくわたしの実家の田舎に似ていて、好きだなと思ったのが第一印象でした。

f:id:mainichiwayang:20190211214832j:plain

北部の村で撮った写真。自然豊かで、本当はこういうところの方が好きなんだよなと。

 わたしの友人はここでろう(耳の聞こえない方たち)のコミュニティについて取材しているといいます。彼女がインドネシア語を始めたのはわたしよりもずっとあとなのに、もう立派に村の人とコミュニケーションを取っていて(しかも後述する手話も勉強していて)、少しでも道を歩けば子どもから大人まで色々な人に声をかけられている彼女の姿を見て、改めて尊敬の念を抱きました。少しだけ、ろうの方々にもお会いしたのですが、ここでも独自の手話があり、話をしている様子を見ることができました。デリケートなことではありますが、わたし自身障害をもつ方とアートとのかかわりにもとても興味があるので、インドネシアの中でこのようなコミュニティに出会えたことは貴重な経験になりました。小さな村ということもあってか、人と人との距離がより近いような印象を受けました。

 

その後、友人と南部に向かいつつ、以前友人と先生が訪れたという、村の近くのダランの家を目指しました。突然だったにもかかわらず、ダランとご家族の方が快く迎えてくださり、しばらくの間お話を伺うことができました。

 

f:id:mainichiwayang:20190211221832j:plain

ダランのSudarmaさん。活き活きと人形のことを説明してくださった。

月並みなことをいいますが、ダランって人形を持っている時がいちばん活き活きするよなあと。「人形を見せてください。」と言ったら箱からどんどん出して説明してくださいました。好きなことを目の前に、キラキラしている人を見るととても幸せな気持ちになります。インドネシアに来てから、そういう瞬間にたくさん出会えて幸せです。(多分わたしも気持ちが高まってキラキラしてたと思う。)主にジャワのキャラクターとバリのキャラクターの違いについて。言われてみればなんとなく似ている部分もあるけれど、やっぱり全然違うので、ジャワとバリとの違いをワクワクしながら聞きました。キャラクターの設定も少し違ったりするのだそうです。でも特徴的なところは同じだったりして(ユデディスティロの後ろ髪カールのかたちとか)面白いなと思いました。

f:id:mainichiwayang:20190212173317j:plain

例えばバリのビマとジャワのビモ。同じキャラクターでもこんなに違う。

 

 

f:id:mainichiwayang:20190211222925j:plain

わたしもにやにやがとまらない。

 

まだバリのことは全然詳しくないのですが、どうやら北部と南部でも大分違うということでした。

 

後半は、工房を見せてくださり、ワヤンを作る様子を紹介してくださいました。以前少しだけジャワのワヤンを彫る様子を見たことはあったのですが、切り出す前の大きな皮や、彫ったあとに人形を削って滑らかにする様子など、実際に見るのは初めてだったので、見せていただけてよかったです。ジャワでは人形を作る人とダランは別の人なのですが、バリではダランも人形を作るとおっしゃていました。そう語る姿はとても誇らしげでした。

f:id:mainichiwayang:20190212183720j:image

f:id:mainichiwayang:20190212183312j:image
f:id:mainichiwayang:20190212183304j:image

 

 

家系の話もされていて、今は確かにダランになるために大切なことは全て学校で習えるし、ダランになることはできるけれども、タクスーtaksu(芸術の中に宿る超自然的な力、卓越した才能)は家系のダラン(keturunan)にしか宿らないというようなことをおっしゃっていました。時代は変わってきているけれども、やはりダランの世界における家系というものは揺るぎない力を持つものなのだなと再確認しました。

 

ジャワとバリの音楽の違いについて、こんなこともおっしゃっていました。

 

「ジャワの音楽はとてもゆっくりだから、簡単だよ。バリの人はすぐできちゃうだろうけど、ジャワの人がバリの音楽をマスターするには相当時間がかかるね。」

 

これはジャワの音楽を学ぶ身としては正直疑問ですが…。

(多分、わたしがジャワの音楽をやっているという話をしたのでそういう話になったのかもしれませんが。)

 

バリとジャワでは目指す音楽の方向性が全然違うように思います。確かにバリのグンデルワヤンやゴング・クビャールに比べると、ジャワの音楽はゆっくりに聞こえるかもしれません。(実際わたしはそういうところに惹かれてジャワの音楽を始めました。)しかし、ジャワのガムランを実際やってみると、かなり精巧に作り込まれた音楽の仕組みが隠れていて、聞こえるもの以上に音楽家同士が知識や技能を持ってやりとりしなければ成り立たない音楽なのだなと思うのです。だから、ゆっくりに聞こえるから簡単とか、それは一概に言えることではないと思います。

 

f:id:mainichiwayang:20190212183357j:image

ただ、一つ言えることは、それだけ彼ら自身が、バリのダランたちが、自分たち自身の音楽やワヤンを誇りに思っているということではないかと思います。 そういう誇りとか、自信を芸能の担い手自身である彼らがしっかり持っていることは、本当に素晴らしいことだと感じます。お話の端々に何度もそういうバリ人の誇りみたいなものが感じられて、わたしも胸が熱くなりました。

 

こういう音楽家や芸術家のパッションに触れられる機会に出会えるのが、日本を飛び出してきてよかったと思うことの一つです。わたしもどこまでできるかわかりませんが、まだまだ修行を頑張り、アツい人になりたいです。

 

 

次回も引き続きバリのことを書きます!Sampai ketemu lagi ~ :D

実技試験を終えて

今回は別の記事を書く予定だったのですが、こちらを先に書きますね。

1月16日(水)にダラン科の実技試験を受けてきました。わたしは留学生なので、学位や単位は関係なく、本来ならば試験も特にないのですが、

「Kamu juga harus ikut ujian !(君も試験を受けなさい)」

というワヤンの先生のお言葉で、わたしも試験を受けることに。ひょええと思いつつも、以前の記事に少し書いたように、先生のご配慮をとても嬉しく思いました。

 

わたしが主に授業に出ているsemester1 のクラスの課題は、台本の一場面(一人当たり40分程度)を上演するというものでした。他の学生さんたちはくじ引きだったようですが、わたしは先生と相談した結果、いちばん最初の場面(ヌムの場面、pasebanjawiからperang ampyakまで)を上演することになりました。

f:id:mainichiwayang:20190117053857j:plain

ダラン科の試験の様子。先生方は演奏をしつつ採点をしている。

 

しかし、これが決まったのは12月も半ばを過ぎ、試験まで1ヶ月ないというような時期でした。わたし自身、半分くらいは全然やったことがない場面だったのに。

でも、わたしに試験を受けないという選択肢はもちろんなく、先生の

「これから教えるから大丈夫!」

という一言で、12月末から怒濤のレッスンが始まったのでした。試験って結構大事なことなのに、短期間で間に合わせてしまおうと思うあたり、日本人とジャワの人との間で違いがあるなと感じました。しかし、先生は本当に丁寧なので今回も時間を割いて丁寧に教えてくださいました。レッスン時間が終わっても、ご自宅のクリル(幕)と人形を貸してくださって、夜まで練習できたこともありがたかったです。

 

今回は、ワヤンのレッスンを始めた頃に習った「ブダランbudhalan(出陣の場面)」と「プラン・アンピャperang ampyak(グヌンガンという人形と兵士たちの戦い)」をベースに「アスティノAstina王国での会議の場面」と「兵士が馬に乗る場面」を新たに加えるというかたちでレッスンが進んで行きました。先ほど「半分くらい」と書いたのは、少し習っていた部分もあったからです。ですが、習い始めた当初は音楽との関係が分からないままとりあえず動きをひたすらという感じだったので、結局、一から復習していくことになりました。その分、以前より拍感や太鼓の手組みと動きの関わり、足や手で合図を出すタイミングなど、きちんと理解できるようになってきたので、そこは成長したかなと思います。

 

f:id:mainichiwayang:20190117054127j:plain

アスウォトモAswatama(兵士)と馬

 

 

「兵士が馬に乗る場面」では馬と兵士の人形を二つ右手に同時に持ち、乗馬独特の揺れるような動きを表現します。なおかつ左手にはたくさんの兵士たちを表すランポガンlampoganという人形を持たなければならず、技術的にとても難しい場面です。最初難しいから無理だと言われて習えなかったのですが、今回挑戦することができたのはとても嬉しかったです。実際やってみると、結構人形が重い上、ずっと揺らしていなければいけないので、右手も左手も痛くなって大変でした。

 

 

f:id:mainichiwayang:20190117054436j:plain

実際の馬とランポガンのシーン。手前の四角いたたみイワシみたいなのがランポガン。

 

f:id:mainichiwayang:20190109214006j:plain

ランポガン。兵士がたくさん。


個人的には「アスティノ王国での会議の場面」が、今回自分にとっていちばん挑戦が多かった部分です。ここは、宰相スンクニsungkeniが臣下たちを集めて会議をする場面なのですが、ここでは扱う人形がとても多いので、それによっって色々な困難が生まれるのです。

まず人形をスムーズかつきれいに並べるのが難しい。きれいに人形をバナナの幹に刺せないとあとあと倒れたり、人形同士の手が引っかかったりしてしまいます。登場するタイミングも、ガムランの拍に合わせなければならないので、準備が遅れると、間延びしてしまってかっこ悪い。

何より大変だと感じたのは「登場人物の声を演じ分ける」ということでした。会議なので、それぞれの人形がしばらく会話をします。キャラクターごとに、それにふさわしい声色というものが決まっているので、今回は7人のキャラクターの声を演じ分けなければなりませんでした。しかも、みんな男のキャラクターなので、男っぽさに加えて7人分の異なる声を出すのは、女性のわたしにとってはなかなか大変なことでした。このあたりは、やはりダランは本来男性がやる芸能なのだなと感じます。ジャワ語の独特のイントネーションというか、ダランの語りらしい抑揚の付け方に慣れるのも、難しかったです。

f:id:mainichiwayang:20190117054650j:plain

人形が画面上に並ぶとこんな感じ。

というわけで、当初は台本は暗記でという予定でしたが、色々な困難が立ちはだかり、やってみたらとても無理だということが判明したので、今回は台本を読みつつ試験を受けることが許可されました。

 

そういえば、隣の部屋に住んでいる子に「あなたの部屋から何か声がして怖いんだけど…?」と言われてしまうくらいには、力を入れて練習していました…笑(ごめんね。)(試験だから練習していると説明したらわかってもらえました。)

 

本番、時折笑いが起きていたので、多分ジャワ語でおかしいところがあったのかもしれません。まだまだ研究が必要です。道のりは長いです。練習をしてよかったことは、ワヤンに行って、以前よりもジャワ語の単語が聞こえてくるようになったことです。あ、これ、台本に載ってた単語だなあ…と。

 

年が明けてからは大学の部屋と人形を借りて毎日個人練習をしていたのですが、鍵を開けてもらう時に、守衛さんに必ず

「一人かい…?」

 と聞かれました。時間がある時は先生も見にいらしたのですが、ほぼほぼ一人だったので、そうですと答えると、いたく感心されました。

こちらの人は何かを一人ですることをあまり好まないようで、たいていは「みんなで一緒に、協力して」やるのが普通なのだそうです。わたしは黙々と練習するのが結構好きなんですけどね。

 

f:id:mainichiwayang:20190117054912j:plain

ダラン科職員室の奥の、この部屋に行くと、人形や部屋を借りることができる。

 

本番は、大きな事故もなく終えることができたのですが、次回課題となるのは「合図を出すこと」かなと思いました。曲のテンポを速くしたい時に、自分では合図を出しているつもりだったのに、うまく伝わらず、速くならなかったり、逆に勘違いされて楽隊が先に行ってしまったりという小さな事故はあったので。これは場数を踏んで慣れていくしかないなと思います。

 

非公開の試験なのにサングルsanggulという付け髪をし、ジャワの正装が必須と言われたので、早起きして頑張りました。でも、この格好できるのを心待ちにしてしまうくらいにはとても好きなので、今回も楽しかったです。しかし、付けまつ毛すると目が開かない…(メイクをお願いしたibuに、もっと目を開けなさいと言われた…笑)

f:id:mainichiwayang:20190117055104j:plain

うふ。

 

今回というか、最近よかったなと思うのは、少しずつダラン科の人たちとの距離が近くなってきたなと感じることです。

毎日練習に行ったおかげか、守衛さんにも認識してもらえるようになったし、部屋の予約をする時にお世話になるおじさんとは世間話できるようになったし、同じクラスの子たちもわたしの試験のことを心配して声をかけてくれたり、本番後は一緒に写真を撮ってくれたりしました。小さなことですが、そういう瞬間がたまらなく嬉しいです。ふとした時に手を貸してくれる人がたくさんいるので、ジャワの人はあたたかいなと思います。まだ時間はあるので、語学力を上げつつ、ジャワの人ともっともっと色々な話ができたらいいなと思います。できるように頑張ります。

 

f:id:mainichiwayang:20190117055235j:plain

Terima kasih, teman-teman semua!!!

 

なぜか本番にワヤンの先生が観にいらっしゃれなかったことが少し残念なのですが、試験のあと写真とお礼のメールを送ったら

「君はできるし能力もあるから、頑張り続けるのだよ。」

というお返事が来ました。ジャワ人の学生を見ていると、自分が能力があるとは到底思えませんが、こうして励ましてくださる先生の存在やジャワの人たちのあたたかさに感謝しながら、先生のお言葉通り、精一杯頑張り続けたいです。

 

 

長くなりましたが、今回も読んでくださってありがとうございます!

また近いうちに書きますね。

Terima kasih :)

 

まいにちワヤン、まいにちレッスンと化す

いつも読んでくださりありがとうございます。今回は年末年始に受けていたガムランのレッスンについて書きます。

 

わたしはこちらで影絵芝居ワヤンの勉強中ですが、同時にガムランという音楽も勉強しています。ワヤン、特に人形遣いダランは伴奏音楽として使われるガムランの音楽の仕組みを理解していることが重要だからです。

 

わたしとガムランとの付き合いは、この春で8年目をむかえようとしています…実はワヤンよりもガムランの方が付き合いが長いのです。ガムランはわたしの人生をガラリと変えてしまうほど楽しくて(いつかガムランとのかかわりについてもブログにしたいです。)最初に書いたように、ワヤンをより深く理解するためという理由もありますが、ただ純粋に好きだからガムランがもっと上手くなりたいという思いもあり、留学してガムランのレッスンをたくさん受けることは、長い間わたしのやりたいことの一つでした。

 

というわけで、こちらに来てからは週に一度のペースで授業後に2時間くらい、グンデルという楽器のレッスンを続けてきました。ガムランは楽器の種類が多く、楽器の選択肢は色々あるのですが、グンデルを選んだのはダランの歌の伴奏に使われるからという理由と、グンデルが好きなので、将来的に、グンデルを得意な楽器にしたいという理由からです。わたしの日本のグンデルの師匠が、ジャワで合奏をする際、よくグンデルを弾いていて、まるでグンデル屋さん状態になっているのをそばで見てきたので、その姿にとても憧れています。

f:id:mainichiwayang:20190115035716j:plain

グンデル。鍵盤を両手で弾きます。音が濁らないように手のひらで止めながら弾くのが難しい。

わたしもいつかグンデル屋さんになりたい…!

 

わたしのジャワでの師匠は、ワヤンのグンデル屋さんとして有名な方です。色々な人に尋ねても、「グンデル習うならこの人がいいよ!」といちばんに名前が挙がります。実際お話してみるととても気さくな先生で、レッスン中もいつも励ましてくださるので、モチベーションも高まり、元気が出ます。

 

当初はダランの歌の伴奏を教えてくださいと言って、実際少し習ったのですが、それよりもまずは基礎固めということでここ数ヶ月は普通の曲に使うグンデルの音型を習っています。

 

年末から大学がお休みになり、時間ができたので、年末年始は怒濤のまいにちレッスンをすることに。元旦と土日を除き、12月28日から、1月11日までレッスンをしました。

 

レッスンのメニューは、この前シンガポールの人たちと一緒にJinemanを習った他に、グンデルで、ある音からある音までの音型のパターン(セレselehからセレまでのチェンコcengkok)を全部習うことがメインでした。

ガムランの楽譜には、すべての情報が書かれているわけではなく、楽器によっては楽譜に演奏の仕方が書いていないものも多いのですが、グンデルもそうした楽器の一つです。今回こうしたパターンを習うのは、最終的に楽譜を見て自分で使用する音型を分析し、弾けるようにするためでした。パターンはかなりあるので、基本的なものを習いました。そして、「君はダランなんだから、なんでもできなきゃいけないよ。」ということで、太鼓、ガンバン、スリンも習いました。

 

しばらくレッスンを続けてきて、少しずつ自分で楽譜を分析できるようになってはきたものの、まだまだところどころ自分だけでは分析できないものも出てくるというのが現状です。なので、今回こうしてざっとパターンを習えたことはかなり勉強になりました。ただ、数が多く、また、拍と拍の間隔(イロモirama)によってもパターンが少し変わってくるので、まだきちんと消化できていませんが、これから練習を重ねて自分のものにしようと思います。

 

先生の教え方は、大学の先生であるということもあり、とてもシステマティックです。

複雑なグンデルの音型を全部楽譜にしたり、最初に曲の概要を大まかに説明したりしながら、丁寧に教えてくださいます。教え方には色々あると思いますし、楽譜を使うことも善し悪しということはあると思いますが、わたしは、正直すぐ真似したり覚えたりできる方ではないので、楽譜に書いてくださるのはありがたいです。何より構造が可視化されると頭が整理されるので、覚えやすいです。

 

f:id:mainichiwayang:20190115040547j:plain

先生が書いてくださったもの。グンデルのパターンを楽譜にするとこんな感じになる。

雰囲気に合った良い演奏、味のある演奏をすることを「ラサrasaがある」とこちらでは表現したりするのですが、音型のパターンがひと段落すると、その「ラサ」の出し方ということもレッスンをしてくださいました。止め方やアクセント、リズムを少し変えて弾くことで、より「ラサ」が出るのだそうです。(書くのは簡単ですがこれがだいぶ難しい。)

わたしがワヤン好きということもあり、「ワヤンのラサはね…」とか「ワヤンではなくて演奏会の時はね…」とか弾き方の違いの話をしてくださることもあるので、いつも本当に興味深くて面白いです。

 

今回、太鼓とガンバン、スリンを習ったのもとても楽しかったです。

 

太鼓は音の出し方と、スカラン(太鼓の手組み)の確認、ワヤンの太鼓(ladrangの時にsirepやsuwuk gropakにするにはどうするのかということ)を習いました。

先生が違うので、音の出し方は日本でやっていたのと少し違ったりして少し戸惑いましたが、確かにきれいな音が出せそうなので練習してみたいです。手組みに関してはより細かい手が入ったりして、自分でも早く身に付けたいと思いました。

f:id:mainichiwayang:20190115040915j:plain

太鼓とガンバン。ガンバンが楽しくて仕方ないの図…笑

 

ガンバンは、ガンバンの音型の作り方には色々なプロセスがあるという話と、実際にウィルジュンwilujengという曲ではどう弾くのかということを習いました。やはり先生のお手本だとちょいちょい細かい音が入るので、真似するのは結構大変ですが、実はガンバンが楽しすぎてここのところ毎日練習しています。何屋さんになりたいのかわからなくなってきた…笑

f:id:mainichiwayang:20190115040725j:plain

ガンバンと先生

最終日は少しだけスリン(笛)をやりました。音の出し方と練習用のパターンを習いました。指穴が4つしかないのですが、息の量で音の高さを調節します。高い音がなかなか難しいです。風が吹くかのごとく涼しい顔でスリンを吹ける境地になるにはまだまだ時間がかかりそうです。

f:id:mainichiwayang:20190115041153j:plain

グンデルとスリン

 

よく先生に言われるのは

「Kamu menjadi sensei !」(君は日本に帰ったら先生になるのだから。)

ということと、最近嬉しかったのは、

 

「ジャワにちょっと来てすぐ帰る外国人だったら、弾けるようになったね〜!で済ませてしまうけれど、君はしばらくいるのだから、きちんとラサを出せるようになってもらいたいし、そういうふうにに教えるつもりだよ。」

というお言葉でした。

 

先生が本物を伝えようとしてくださっていることが、本当に嬉しいです。一方で、「先生」としてそれを日本で伝えるということがわたしには期待されているということ、ジャワの人も、ぜひジャワの文化を日本に持ち帰って伝え広めてほしいと願っているということが、改めてはっきりしました。確かに、「ガムランを人に教える」ということはわたしの夢でもあるのですが、その責任を果たせるように、先生からより多くのものを、しっかり受け取らねばと思いました。

 

時々、わたしはちゃんと頑張れているかな、帰るまでにどれだけのことを身につけられるだろうかと不安になったりもします。ですが、集中してレッスンを受けている途中、ふと「ああ、こういう生活がわたしが本当にやりたかったことだ、幸せとはこういうことかもしれない。」とも思いました、留学もレッスンもまだまだ続くので、自分にできることを引き続き頑張りたいと思います。

 

次回は久しぶりに、最近見たワヤンのことを書く予定です。

ではまた♪

トビタテ!留学JAPAN 二次審査(面接)レポート

もうすぐ、トビタテ!留学JAPANの第10期の二次審査があるということなので、わたしの経験をメモしてみます。

(※9期の時のものです。一部記憶があいまいな部分もあるのでご参考までに。)

 

はじめに、手短に自己紹介をします!:) わたしはトビタテ9期で、ガムランという伝統音楽と、影絵芝居のワヤン・クリッの人形使遣いの実技を本格的に学ぶべく、インドネシアのジャワ島で修行をしています。(日本の某芸術大学で音楽学を専攻する大学院生です。現在休学中。)ご興味ある方は本ブログの他の記事もぜひ読んでください。

 

f:id:mainichiwayang:20190108210928j:plain

 

それでは本題、トビタテの二次審査の詳細を見ていきましょう↓↓

 

 

 

審査の流れ

  • 個人面接(20分)
  • グループディスカッション(70分)(留学計画のプレゼンテーション含む
  • 懇親会(審査の対象にはなりませんが、色々な人と友達になれるのでオススメ!)

 

二次選考までにしたこと

 ①プレゼンテーションを作り込む!

書類審査では、何千字もの留学計画や自己PRを書いて提出しますが、プレゼンはそれをぎゅっと4分程度に圧縮しなければなりません。書類の量に対して4分はかなり短いので、ポイントを絞る必要があります。

 

プレゼンの作り方は、この記事の後ろの方にまとめました。

わたしからのアドバイスをチェックしてください

 

②とにかくプレゼンテーションを練習する

どのような人に対してプレゼンをするかは当日になるまでわからないので、色々な人をつかまえては、プレゼンをして、アドバイスをもらうようにしました。大学の友人はもちろん、トビタテ対策のワークショップに参加してみたり、直前になると二次審査を受ける人たちで練習会が開催されていたのでそれに参加してみたり…色々なところでプレゼンを練習する日々を送っていました。

 

③面接で聞かれることの情報収集

こちらは最初の個人面接に向けての対策ですが、過去の二次審査についての記事をネットで探し、そこに載せられていた個人面接の質問を、どんどんノートにメモしていきました。そして、それらに自分ならどう答えるかということを書いていきました。自分のことを改めて深く考える機会につながり、プレゼンに盛り込めることに気づくこともあるので、ぜひやってみてください。

 

 服装や小道具

服装は自由なので、スーツの人もいましたが、私服の人がほとんどでした。何か自分の専門をアピールできるような格好があればそれをオススメします。わたしの時には、作業着の人やジャージ、民族衣装などを着ている人も見かけました。

道具がある人はそれを持っていくとさらにアピールしやすくなり、かつお守りになるのでぜひ持っていくとよいですよ。かく言うわたしはどうしたかと言えば、わたしの専門がジャワ島の音楽と影絵芝居だったので、民族衣装と影絵の人形、プレゼンを貼った大きなスケッチブックを持っていきました。

f:id:mainichiwayang:20190108210704j:plain

面接に持っていった道具

 

 

f:id:mainichiwayang:20190109045538j:plain

当日の衣装はこんな感じ

 いざ文部科学省へ

地下鉄の虎ノ門駅から直結でわかりやすいところにありますが、会場には余裕を持って到着を。コンビニやカフェなどもあるので資料の最終確認もでき、安心です。会場のある階のロビーではたくさんのトビタテ候補生たちが受付を待っています。影絵の人形が入った大きなかばんを持ち、こんな格好だったこともあり、色々な人に声をかけられました。試験前に初対面の人と話して緊張が和らいだので、近くの人とお話ししてみるのもよいかもしれません。受付をして、ネームタグを受け取ると、いよいよ個人面接の会場へ。

 

個人面接

会場は確か講堂という名前の部屋だったのですが、大きな一つの部屋が何十枚もの白い板で区切られていて、たくさんの個人面接用ブースが作られていました。そこで、一斉に面接が開始されます。協賛企業の方との一対一での面接ということですが、わたしの相手は、40代くらいの優しそうなおじさまで、終始朗らかに話を聞いてくださいました。20分という時間の中で、わたしがどんなことを質問されたのか、覚えている範囲で挙げてみます。

 

・留学計画について3分程度で説明して。

(わたしはここでグループディスカッションで行うプレゼンをしました。)

・影絵の人形を見せて。これは何でできているの?

・なぜ音大を選んだの?

・なぜ音楽に熱中するようになったの?

・あなたが勉強しているジャワのガムランってどんな音楽?

・ジャワには何度も行っているようだけれど、そこまであなたを突き動かすものは何?

・帰国後の進路は?

・帰国後の活動を展開する基盤はあるの?

・日本やトビタテにあなたの留学での活動を還元するビジョンはある?

・受け入れ先は決まっているの?どんな大学?

・言葉は大丈夫なの?

・なぜトビタテに応募しようと思ったの?メリットは何だと思う?

・トビタテに落ちても留学に行く?(と言いかけたあと、「あなたの話を聞くと、結果がどうなっても、もう留学する気満々みたいですね…!」と言われました。)

 

ざっと、こんな感じでした。始まってしまえばあっという間だったように思います。少しマニアックなことを研究しているので、まずそれについて補足説明を求められました。また、わたし自身が過去にどんな経験をしたのか、またトビタテにどのくらいコミットする意欲があるのか、さらに、留学後、どのような将来を描いているのかということも問われました。

 

初対面かつ、自分の専門分野についての背景知識を持たない人に、留学に至った経緯や、自分の専門分野について、わかりやすく簡潔に話せるよう、話すことをある程度まとめておくとよさそうです。

 

わたしは、絶対留学したいという気持ちがあったので、(運よく面接官にも伝わったようです…!)留学したいという気持ちは何年も前からあったこと、また、言語を学んだり、何度も現地に足を運んだりなどして、長い間準備を続けてきたということをアピールしました。

 

緊張するかと思いますが、話すときは笑顔を心がけると、自分も面接官もお互いに雰囲気が和むので、より話しやすくなると思います。会場全体の雰囲気的にも、圧迫面接という感じではなかったので、心配する必要はないでしょう。

 

グループディスカッション

個人面接が終わると、ぞろぞろとエレベーターで食堂に移動し、グループディスカッションが始まります。1グループ5〜6人で、グループごとにテーブルがあり、そこに誘導されます。グループには一人ずつ面接官がつきます。(後で聞いたら日本学生支援機構の方だったそうです。)グループディスカッションの流れは以下のような感じでした。全体で70分ありました。

 

①{留学計画のプレゼン(4分)+面接官からの質問(2分)}×人数(5〜6人)

②学生同士の質疑応答(意見したりしてもよい。)(10〜15分くらい)

③ワークシートに記入(5分くらい)

④グループで「より良い留学にするために必要なことを3つまとめる」(20分くらい)

⑤面接官に「より良い留学にするために必要なこと3つ」をプレゼン(4分くらい)

⑥面接官からのフィードバック(3分くらい)

 

分数が途中あいまいですが…だいたいこんな感じでした。

 

わたしが受けた時、グループのメンバーは、同じ“芸術”というカテゴリーを専攻する人が集まりました。(絵画、デザイン、写真、バレエ、音楽)学年は学部3、4年生がほとんどで、院生はわたしともう一人だけでした。おそらく同じような分野の人が集まるように、グループを組んだのだと思われますが、それでもやっていることはお互い全く異なるので、「わかりやすく説明する」ことはここでも必須です。

 

① かなりの人数が同じ空間でプレゼンをすることになるので、周りがざわついていて、相手の話が少し聞き取りにくくなる印象を受けました。なので、できるだけ、大きな声でしっかり話すことと、逆に相手の話を注意深く聞くことも大切になりそうです。テーブルの上には大量のメモ用の白い紙とサインペンが置いてあるので、他の人のプレゼンは、メモを取りながら聞くようにすると、後でスムーズに活動できます。

 

わたしはプレゼンが直前まで4分に収まらず、苦労したのですが、いざ本番でやってみると、制限時間よりも20秒くらい速く終わってしまったという経験をしました。(「あと少しだけ時間が残っていますが、言い残したことはありますか?」と面接官に聞かれました…)

 

プレゼンでは、影絵芝居の人形を見せたのですが、それの印象が強すぎて、面接官からは

「人形を動かしてください!それって何でできているんですか?」

「もう何度も現地に行っているようですが、長期で留学する必要はありますか?」

ということしか質問されませんでした。2分は思っているよりもずっと短いです。

 

②学生同士の質疑応答も全員に対して15分程度なので、運よくわたしはほどんど質問されませんでした。(というか他の人に対する質問で時間がかかってしまっていた印象です。)何を聞かれたか忘れてしまったくらいです。話の口火を切る人がいるとスムーズだなと思ったので、できる人は率先してやってみてください。

 

③次に用意されたワークシートに記入します。制限時間のわりに書くところが多かったのと、説明がわかりにくという印象を受けました。ワークシートは、他の人の留学計画の良い点と、改善できそうな点をそれぞれ3つ記入した記憶があります。最後に回収されるのかと思っていたので、気合いを入れて書いた(けど微妙に書き終わらなかった)のですが、回収されなかったので、ワークシートは自分のメモ程度と思ってもよいのかもしれません。

 

④ワークシートをもとにグループディスカッションをして、グループとしての「より良い留学にするために必要なことを3つ」をまとめました。この時、

・司会

・タイムキーパー

・書記

あたりをする人がいるとスムーズだと思います。わたしはあまりバンバン意見を出せるタイプでも、その場を仕切ったりできるタイプでもなかったので、書記をやってみることにしました。白熱してくると残り時間が意識できなくなるので、タイムキーパーや、脱線した話を元に戻す司会的な役割も必要だと思います。

 

⑤最後に、グループで3つに絞った答えについて、面接官にプレゼンをします。この時は他の人が代表で説明してくれました。

 

⑥面接官のフィードバックを聞いて二次審査終了です。

 

同じグループになった人とは仲良くなることができ、試験後一緒に食事に行ったりしました。お互いに協力して試験を一緒に乗り切るという気持ちで臨むのがベストだと思います。

 

わたしからのアドバイス

 

①プレゼンテーション作りのポイント

最初に書いたことにこちらで補足してみます。プレゼンは作るというよりかは「作り込む!」というイメージで、より伝わりやすいプレゼンを目指して工夫していきましょう。

 

●内容の組み立て方を工夫しよう

トビタテは国家プロジェクトの一つなので、留学したいという意欲はもちろん、留学することで日本に何かを還元できることが期待されていると考えました。なので、「わたしが留学すると、将来日本にこんないいことがある」というメリットをアピールするというやり方を主軸にプレゼンを組み立てていきました。

 

日本の抱える問題何が必要なのかなぜわたしが立ち上がるのか留学を通した学びによって問題を解決できる具体的な留学計画将来何が期待できるのか

 

というような流れで進めていきました。

 一貫した話の筋がきちんと通っていることが大切です。

 

●専門用語はできるだけ使わない

 プレゼンを聞く相手は、自分の専攻している分野を詳しく知らない人がほとんどです。わたしも音楽を専攻しているので、カタカナの専門用語を使うことが多く、プレゼンの練習を始めた頃は、何が何だか分かりにくい!という感想をよくもらっていました。専門用語を使う時は注意が必要です。場合によっては、別の分かりやすい単語に置き換えるなど、工夫しましょう。

 

(例)ジャワの影絵芝居は現地では「ワヤン・クリッ」と呼ばれます。プレゼンの時は分かりにくくなるので、カタカナは用いず、「影絵芝居」で統一しました。

 

工夫次第では、案外専門用語を並べなくても、自分のやりたいことをすっきり説明できてしまうかも…!

 

●資料を工夫しよう、スライドは見やすくしよう

 前述の通り、専門用語が多い上、それらを限られた時間の中で説明をしなければならなかったので、ジャワ実際の写真や、楽器、影絵芝居の写真などを用いて、ビジュアルに頼る方法をとることにしました。写真があるだけで「こんな感じです!」とざっくり説明できてしまうので。これで、聞き手もイメージしやすくなったのではないかと思います。

 また、発表の資料は、多くの人がパワーポイントのようなスライド形式の資料を使っています。PCを使うのもよいと思うのですが、故障が不安要素になるので、紙に印刷して紙芝居形式でやるのが一番楽だと思います。わたしは特大サイズのスケッチブックにPCで作ったスライドを貼りました。

 

スライドは見やすいフォントと背景を選ぶようにしました。

 

また、わたしはスライドの他に、スライドの内容を、写真も入れてA4の紙1枚にまとめたレジュメを用意し、個人面接とグループディスカッションの面接官、同じグループになった人たちに配りました。わたしのことを強く印象付けるのと、聞き慣れない話をできるだけ分かりやすく聞いてもらうためです。また、試験が終わった後も、資料が残れば、わたしのことや、ジャワの音楽のことを覚えていてもらえるかなと思ったからです。

 

●とにかく何度も練習しよう

中身の濃い留学計画を、4分にまとめるのは意外と大変です。わたし自身も、周りのトビタテ生も苦労していました。プレゼンがある程度かたちになったら、何度か練習すると話すことに慣れてきます。そうすることで、内容を大幅にカットしなくてもある程度時間短縮が可能です。

原稿を読むのはアリだと思います。(わたしはスライドの裏に原稿を貼っていました。)その合間に聞き手の方を見るようにすると、より相手に訴える効果が上がるので、原稿ばかりに気をとられないように注意しましょう。

 

●たくさんフィードバックをもらおう

 何度も練習することとも関連しますが、できるだけ色々な背景を持った人にプレゼンを聞いてもらい、質問をしてもらったり、分かりにくかったことを指摘してもらったりすることがとても重要です。フィードバックを受けて、誰にでも分かりやすいプレゼンを目指して、改善を重ねていきましょう。ただ、アドバイスを全て反映しようとすると、自分らしさがあいまいになってしまったりもするので、見極めが必要です。

直前になると、トビタテ候補生同士の対策会が開かれているようなので、Facebook等で情報収集して、対策会に参加するとよいと思います。

 

②グループディスカッションは自分にできる役割を探そう!

発言したりするのはあまり得意ではないという人も少なからずいると思うので、わたしのように書記をしたり、タイムキーパーをするなど、何かしら自分にできる役割で、ディスカッションに参加しているということをアピールするとよいと思います。発言をたくさんしているかどうかよりも協調性があるかどうかというところが審査されているのかなという気がします。 

 

③リラックスして臨もう

 緊張するかと思いますが、二次審査は面接からグループディスカッションまで、終始穏やかな雰囲気だったので、あまり怖がる必要はないと思います。いつも通りの自分をアピールするつもりでいくとよいのではないでしょうか。周りの候補生と話してみたり、小道具やお守りを用意するのもおすすめです。

 

④懇親会に参加しよう!

試験後の懇親会は文理問わず多様な分野を専攻している人と知り合えるチャンスです。Facebookのアカウントなどを交換すると、その後も留学仲間がどんな活動をしているのかわかり、トビタテ生は面白い人たちばかりだなと日々感じています。刺激になるような情報をたくさん交換できるようになるので、ぜひ試験後の懇親会も楽しんできてください。

 

  

長くなりましたが、最後まで読んでくださってありがとうございました。

月並みですが、留学は、好きなことを思いっきりできるので本当に楽しいです。トビタテの二次審査まで来たら、留学まであと一歩です。ぜひ、自信を持って試験に臨んでくださいね。何か気になることがあれば、コメントなどでおたずねください。

 

こちらではより気軽にジャワの様子を発信しているのでよかったらのぞいてください。こちらからもトビタテの書類や面接のことについて相談OKです!

 

Twitter(@ushirogami_curl)

https://mobile.twitter.com/ushirogami_curl

 

Instagram (@mango_kishichan)

https://www.instagram.com/

 

プレゼンに関しては、特に大好きなガムラン仲間のKさんにたくさんアドバイスをいただいたので、ここにあらためて感謝の意を表したいと思います。いつも本当にありがとうございます(^^)

 

今後も留学のことを発信していけたらと思っています。どうぞよろしくお願いします♪

年末年始、新しい友だち akhir tahun ke tahun baru dan teman-teman dari Singapura

新年初投稿です。新年なので、少し時間が経ってしまいましたが、年末年始の思い出を振り返ってみようと思います。年末年始は初めてソロで過ごしたのですが、その間に新しい友だちが増えました。

 

留学中の楽しいことの一つに、世界各地に友だちができるということがあると思います。こちらに来て、ジャワの人はもちろん、アジアやヨーロッパ、南米まで様々な出身の友人ができました。みんなそれぞれに色々な経験や背景を持っていて、とても興味深いです。

 

その中の一人に、シンガポールから来ている留学生の友人がいます。彼はガムランを勉強していて、ソロでの留学は今回が2回めなのだそうですが、そのことからもわかるように、本当に熱心な学生です。とにかくどんな楽器でもできる…!(だからとても楽しそうです。)そして、経験が長いこともあってか、ジャワの人とのつながりもたくさんあり、かつ技術的にも人柄的にも信頼が厚いのでどこに行っても「グンデル(楽器名)弾きなよ〜!」とおじさんたちに大歓迎されています。そんな彼をいつもすごいな、わたしもはやく上手くなりたいなと思いながら見ているのですが、年末、そんな彼の友人2人がソロに遊びに来ました。年末から年始にかけて10日くらい、よく4人で色々なところに行ったり、一緒にガムランをしたりしたのですが、とても楽しい時間でした。

f:id:mainichiwayang:20190108031830j:plain

4人で撮った写真

まず最初にいくつか一緒に出かけたところを紹介します。

 

こちらのクリスマスはお店がクリスマスっぽくなるくらいで、お正月という概念もないし、まず全然寒くないので、日本人のわたしは正直全然年末年始のような気持ちになれませんでした。しかも、クリスマスが終わった後にお店の前を通ると、まだクリスマスの飾りがついている…!いかにもジャワらしいです。そんなクリスマスに我々が向かったのは、Astana MangadegとAstana Girilayuという、マンクヌゴロ王家の代々の王様たちの眠るお墓でした。ここには、マンクヌゴロ王家の王宮である、マンクヌガラン王宮の舞踊団パカルティpakartiのみなさんと一緒に行きました。毎年お参りに行っているそうなのですが、このお墓はマンクヌガランからは車で1時間ほど、山の高いところにあり、特にAstana Mangadegはさながらちょっとした山登りのようでした。写真があまりないのですが、Astana Mangadegは途中バリ寺院のような雰囲気で、バリのカヨナン(ジャワのグヌンガン)のレリーフのある門もありました。お墓にお供えしたお花がとてもいい香りでした。お花は花びらを撒くようにお供えするのが日本との大きな違いですが、それぞれの王様のお墓の前で、少しの間黙祷をし、腰を低くしてひざまずきながらお参りをします。緑豊かな山の中に、尊い雰囲気が流れていました。こんなクリスマスの過ごし方もいいものだなぁと思いました。

f:id:mainichiwayang:20190108034832j:plain

 

一緒に舞台を観に行ったりもしました。まずはマンクヌガランのsetuponの様子。今回わたしは出なかったのですが、シンガポール人の3人は演奏をしていました。

f:id:mainichiwayang:20190108040238j:plain

setuponにて

また、29日には、パカルティのみなさんがワヤン・オラン(ワヤンを人が演じるもの)を伴奏するということだったのでみんなで観に行きました。2枚目左のアノマン(左の白い方)が宙返りしたり、柱をよじ登ったりして、だいぶアクロバティックでした。

f:id:mainichiwayang:20190108040635j:plain
f:id:mainichiwayang:20190108040652j:plain
karanganyarの舞台にて

この間、いろいろ出かけたりしつつも、レッスンは通常営業だったので(むしろ先生方が「お休みで時間があるならどんどんレッスンしよう!」という感じで)本当に年末感がないままあっという間に大晦日になりました。ですが、大晦日の夜にはどこからか花火の音が聞こえたり、道が混んできたりして、ソロも徐々に年末ムードという感じでした。

大晦日はパカルティのみなさんと先生方のお宅でパーティーをしました。途中、なぜかトウモロコシを焼く流れになり、みんなで大量のjagung bakar(焼きトウモロコシ)を作りました。年末には必ずそうするのかと思ったので「どうしてトウモロコシを焼くの?」と聞いてみたら「え、そこにトウモロコシがあるから焼くだけだよ!」と言われました。特に意味はないみたいです…笑 みんなでわいわいとても楽しく、久しぶりのトウモロコシもおいしくいただきました。

f:id:mainichiwayang:20190108041931j:plain

大晦日のパーティーの様子①
f:id:mainichiwayang:20190108042012j:plain
f:id:mainichiwayang:20190108042035j:plain
焼きトウモロコシの様子

その後、わたしの住んでいる家の大家さんをしている先生(この方はわたしの行っている大学の先生)のお宅で年越しクルネガン(ガムラン演奏会)があったのでシンガポールの友だちと一緒に聴きに行きました。

f:id:mainichiwayang:20190108042628j:plain

メンバーのほとんどが大学で教えている先生方の演奏だったので、聴いていて本当に心地よかったです。年明け直前には、部屋を真っ暗にして演奏し、瞑想しながら聴きました。暗くて誰にも見えなかったので助かったのですが、聴きながら、なぜかぼろぼろ泣いてしまいました。一年分のいろいろかな。充実していたけれど、前半多忙だったり、悲しいことも多かったし、慣れないジャワでの生活もあったりしたので、今年は穏やかな気持ちで修行に打ち込めるといいな。

友だちもいつものように先生方に呼ばれて太鼓を叩いていました。いきなりだったので、終わった後に「合図も上手く伝わらなくてヒヤヒヤしたし、ぐちゃぐちゃだったよ〜、今回のセメスターはやり直さないといけないかも…笑」なんて言っていたのですが、そういうスリルも含めて、先生方との合奏に参加できること自体が、心底うらやましいとわたしは思ったのでした。

ちなみに、この夜最後に聴いたのが、愛するアヤッアヤアン・パムンカスAyak-ayakan pamungkas(曲名)だったので、絶対いい一年になると確信しました…(うふふ。)

 

元旦は、シンガポールから来た2人と一緒に、有名な芝居小屋のあるスリウェダリという場所にワヤン・オランを観に行きました。この日は演者全員が男性だったので、女性の役を男性がやったりしていることもあり、そのせいかよく笑いが起きていて大盛り上がりでした。女性のような声で歌う役者もいたのには驚きました。ジャワの舞踊の世界には性別に関係なく、男性が女性を演じたり、女性が男性の踊りを踊ったりすることががあるのが、面白い点の一つだと思います。元旦からお客さんがたくさんいて、こういうお正月を過ごすジャワ人がたくさんいることは素敵だなと感じました。

f:id:mainichiwayang:20190108045049j:plain
f:id:mainichiwayang:20190108045112j:plain
スリウェダリのワヤン・オランと終演後に食べたソト

ソトが大好きすぎるのでいつかソトのことでブログを書きます。お雑煮がなくても元旦からソトを食べて幸せです。

 

シンガポールのみなさんは3日に帰ってしまったのですが(留学生の彼も一時帰国)帰国前日に、わたしのグンデルの先生にレッスンを受けることになっていました。わたしもその前に新年初レッスンを受けていたので、その流れでなぜかわたしも彼らとJineman Uler Kambang(曲名)を習うことになりました。女の子はシンデン(女性の歌)を、男の子は太鼓を、わたしはグンデルを、そして留学生の友だちはサポート役という配役に。

f:id:mainichiwayang:20190108050300j:plain

レッスン中

旋法が普段習っているものと違かったので、慣れておらず、正直あまり弾けなかったのですが、練習すればいつかできるようになる程度には仕組みがわかったので、思いがけず、曲のレパートリーが増えてよかったです。

 

シンデンはテープを聴いて独学で勉強してきたのだそうです。今回は細かいニュアンスを先生に確認していました。彼女は曲を作ったりもするそうなので賢いです。

彼もガムランを始めて3年ほどしか経っていないそうなのですが、ガンビョンgambyongやメナコンチャルmenak koncar(舞踊曲)を叩きこなせるので、驚きました。そしてそれを教えたのは留学生の友だちなんだとか。しかもこの太鼓を習った彼は、自称日本のオタクで、日本が大好きと言っていました。日本語を勉強したことはないけれど、アニメをたくさん見たり、日本に何度も遊びに来たりしているので、たくさんの日本語を知っていました。わたしとは半分くらい、日本語で話していたかもしれません。片言ではありましたが、それでもその語彙の多さに圧倒されました。

 

シンガポールにもガムランがあって、いくつかグループがあるということは知っていたのですが、今回実際シンガポールのガムランコミュニティの人と知り合って、思ったのは

 

pintar sekali ......... ! ! ! (超かしこい!!)

 

ということでした。

こんなに能力のある人たちが別の国でガムランを頑張っていると思うと嬉しくなります。わたしももっともっと上手くなりたいです。

ガムランはもはやジャワだけの音楽ではないということをまた強く実感させられました。

 

また、彼らがわたしの母国である日本のことを好きと言ってくれたり、日本でわたしが所属しているガムラングループのランバンサリのことを「まるでジャワの人の演奏みたいで本当に素晴らしいね!シンガポールはまだまだだから頑張らなくっちゃ。」と褒めてくれたり(2018年のIGFの演奏をソロで聴いてくれたそうです。)したことが、とても誇らしくあり、一方で思うこともあり…

 

日本っていいなぁとよく言われるんです。こちらに来てから特に。

 

そういえば

「日本は本当にいい国だね、日本人なんてうらやましいな。こんなところに留学しなくったって、日本で勉強した方がいいじゃないか。」

とジャワのタクシーの運転手さんに言われたこともあります。(いや、褒めすぎでしょう…)

さて、現状日本は果たして彼らがイメージするほどのいい国なんだろうかと、政治家の汚職や、犯罪、種々の社会問題など、よくないニュースばかりが飛び交う最近の状況を見て、思ってしまうのです。

 

外の人から「日本のイメージ」について語られる機会がジャワに来てからぐっと増えたので、「日本のイメージ」とその理想と現実、みたいなものについて考えることが多くなりました。今わたしが日本のためにすぐに何かできるとは思わないけれど、いつか何かできるだろうか、わたしは日本人としていかに生きるべきか、というようなことをふと思うようになりました。(このあたりはもうちょっと時間が必要そうです。)

 

少し話がそれましたが、まとめると、シンガポールでガムランをしている人たちはとても能力が高く、そしてとても親切にしてくれたということです。これまでわたしの中ではそれほどイメージのなかったシンガポールでしたが、これを機に彼らの故郷がどんなところか、はたまたどんなところでガムランをしているのか、シンガポールに行ってみたいなあと思うようになりました。聞くところによると日本のお店や食べ物もかなりあるらしくて面白いそうです。ジャワからは比較的近いので、近いうちに必ず遊びに行きたいです。

 

とても楽しかったので、急に一人になってしまい、シンガポール人ロス気味ですが、3日以降もレッスン漬けの日々を送っています。最近のレッスンのことなどもまた近いうちに書きたいです。

 

長くなりましたが、最後まで読んでくださってありがとうございました。今年はもっとみなさんに楽しく読んでもらえるように更新頑張ります。

Terima kasih :)